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香川県(讃岐)

80番札所 讃岐国分寺|四国最古の鐘とそれにまつわる奇妙な2つの伝説

2017/08/21

讃岐国分寺本堂前

どうも、高校時代はブラスバンドのパーカッションやっていた元自衛官ひだりゅー(@dakahi3776)です。

今回紹介する80番札所「國分寺(讃岐国分寺)」は、四国最古の梵鐘で有名な霊場です。

平安時代に出来たこの歴史ある鐘を一般参拝者もつくことが可能ですので、巡礼の際には下に書いた奇妙なエピソードを思い出しながら、その綺麗な音色を楽しんでみて下さい!

では、どうぞ↓

(参拝した日:2015‎年‎10‎月‎29‎日)

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讃岐国分寺の歴史

讃岐国分寺境内

讃岐国分寺は、奈良時代の天平13年(741年)、聖武天皇が発した国分寺建立の詔により日本各地に建立されたとされます。

寺伝では、行基が千手観世音菩薩を本尊として開基したとされますが、現在の本堂は鎌倉中期に再建されたものです。

弘仁年間(810〜823)に弘法大師が霊場に定めますが、「天正の兵火」で堂塔のほとんどを焼失。

その後、藩主・生駒氏や松平氏によって再興され、今に至ります。

境内の施設

山門|幻の七重塔

讃岐国分寺 山門

仁王門。創建時の中門を踏襲すると見られています。

山門の右手には七重の塔の礎石も残っており、現存していれば京都にある東寺の五重塔を超す大塔だったといわれています。

・・・が、世の中は広い。奈良県の談山神社には、なんと「十三重塔」なるものもあるのだとか。

おっ、役満か?(文盲)

本堂|鎌倉時代に完成した歴史あるお堂

国分寺本堂

鎌倉時代後期の建立された5間四方の入母屋造で、国の重要文化財に指定されています。

奈良時代の奈良時代の講堂跡に建てられたのだとか。

本尊「千手観音像」は、本堂より古い平安時代末期に作成された秘仏で、こちらも重要文化財に指定されています。

大師堂(弘法大師礼拝殿万霊塔)

大師堂前の中門

本堂を正面に見て、右手前に大師堂とその前に構える中門が構えています。

大師堂内には、納経所の他、遍路用品の売店などがありました。

写真左手の白い建物は、「弘法大師礼拝殿万霊塔」。

何をするところなのかは・・・よくわからんw

千体地蔵堂

弘法大師礼拝殿万霊塔の前には小さな仏様がズラリと並んでいました。

おそらく水子地蔵と思われます。

この世に生まれ出ることが無かった赤ちゃんらにご冥福を・・・。

お願い弁財天|美・徳・福にご利益が

お願い弁財天

国分寺には、さぬき七福神の中で紅一点の「弁財天」があります。

彼女には、美・徳・福にご利益があるんですって。

弁財天

肝心の弁財天様は、他の七福神らをボディーガードの如く全面に立たせ、池の中のお堂に居られました。

何人もの男どもが雨ざらしの中で立たされ、女神が屋根付きのお堂の中で座っている姿は、一匹の雄としてなんとも言えない気分になりました。

考えすぎか・・・?

ミニ八十八ヶ所巡り|お手軽にご利益を!

ミニ八十八ヶ所巡り

四国遍路ではお馴染みの「ミニ八十八ヶ所巡り」ですが、ここ讃岐国分寺にもありました。

一回巡れば、四国八十八ヶ所を周ったのと同じ御利益があるらしい(理不尽)

この巡礼の旅路で、俺はもう何回分のご利益を得たのだろうか・・・?

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四国最古の鐘とそれにまつわる奇妙な二つの伝説

四国最古の鐘

冒頭でも触れましたが、讃岐国分寺には四国最古と伝えられる梵鐘があります。

今回は、この古鐘にまつわる多くの伝説の内、2つを紹介したいかと思います。

鐘を被った人食い大蛇伝説

その昔、安原郷(現高松市塩江町)の百々渕(どどがぶち)に大蛇が棲みつき、通り掛かる人たちを食い殺していたそうです。

近隣の住民は、大蛇の恐怖に怯え、日々の生活さえままなりません。

そこで立ち上がったのが弓の名手・別子(べっし)八郎という人物。

祈願をした後、自慢の弓を手に果敢に大蛇に立ち向かったのだが・・・

なんとこの蛇、強固な鐘を頭に被っているため、体に矢が命中しない(イミフ)

↑絶対防御と言えば、奇妙なこの人(ゴゴゴ・・・)

爬虫類らしからぬ超頭脳的な大蛇を相手に弓の名手・八郎も大困り。

このままでは拉致が開かない(というか食われる)ので、作戦を練るべく一度攻撃を止めた。

すると、大蛇は矢が尽きたとうっかり勘違いし、八郎を食うべく鐘を脱ぎ捨てる痛恨のミス。

これをチャンスと見た八郎は観世音菩薩に祈り、手元に残った最後の一矢を放ったところ、見事に命中させ、このおっちょこちょいな大蛇を退治しました。

八郎は、大蛇を退治できたのは祈願した観音さまのおかげとして、大蛇が脱ぎ捨てた鐘を讃岐國分寺に奉納したそうな。

 

 

えっ・・・大蛇はどこでこの鐘を拾ったのかって?

多分、鶴舞公園のホモトイレじゃね(適当)

国分寺に帰りたがった鐘

江戸時代初期、讃岐藩主・生駒一正は讃岐一の名音を響かせるとして知られる国分寺の鐘を田1町と引き換えに手に入れます。

高松城に運ぼうとするも鐘は思ったよりも重く、一苦労。

やっとのことで高松城に設置するも、今度はあの綺麗な音色を奏でなくなり、城下町には悪病が流行してしまいます。

そして、鐘を高松城に運んだ藩主・一正自身も病に倒れてしまいました。

和田アキ子

↑あの鐘を鳴らすのは芸能界のドン(ドンッ!)

すると、病魔に苦しむ一正の枕元に、毎晩毎晩鐘が現れ「もとの国分へ帰りたい」と泣くのです。

結局、鐘は国分寺へ返されることに。

城に運んだ時と違い、今度はなぜか軽々と運べた上、鐘が国分寺へ戻った途端流行り病は治まり、再び讃岐一と名高い美しい音色を聞かせるようになったそうな。

どうでもいいけど、昔の怨念はなぜも関係ない領民ばかり巻き込むのだろうか(理不尽)

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讃岐国分寺へのアクセス

〒769-0102
香川県高松市国分寺町国分2065

その他情報

寺名 白牛山 千手院 国分寺
宗派 真言宗御室派
本尊 十一面千手観世音菩薩
創建 天平13年(741年)
開祖 行基
真言 おん ばさら たらま きりく
ご詠歌 国を分け 野山をしのぎ 寺々に 詣れる人を 助けましませ
駐車場 普通車20台、大型車5〜6台
マイクロバス8〜9台
納経時間無料
宿坊 なし
電話 087-874-0033

前後の札所

 

79 天皇寺 -- (6.9km)-- 80 国分寺 -- (6.5km)-- 81 白峯寺

 

by.元自衛官@ひだりゅー

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