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愛媛県(伊予)

49番札所 浄土寺 (愛媛県松山市)|口から仏を出す空也と奥の院のミニ遍路

2017/05/02

空也上人

どうも、旅人ひだりゅー(@dakahi3776)です。

皆さんは、空也上人立像をご存知でしょうか?

痩せた空也が鹿の皮をまとい、口から「南無阿弥陀仏」の6字を象徴する6体の仏様を吐き出しながら練り歩く像で、その特徴的な造形を教科書などで見たことある方も多いのではないでしょうか?

今回紹介する47番札所浄土寺(じょうどじ)は、その空也が伊予の国で布教をした際に拠点にしていたお寺とされています。

※空也上人立像フィギュア画像はAmazonより出典

(参拝した日:2015年10月8日)

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浄土寺の歴史

縁起によると、天平勝宝年間(749年~757年)に孝謙天皇の勅願寺として、恵明(えみょう)上人が行基作の釈迦如来像を本尊として祀り、開創されました。

元々の宗派は法相宗でしたが、のちに弘法大師がこの寺を訪ね、荒廃していた伽藍を再興した際に真言宗に改宗しました。

そのころから寺運は栄え、寺域は八丁(約870m)四方におよび、66坊の末寺をもつほどであったそうです。

浄土寺境内

平安時代中期には、空也(踊念仏の開祖)がこの寺に3年間滞在し布教に努めました。

鎌倉時代の建久3年(1192)、源頼朝が一門の繁栄を祈願して堂塔を修復します。

応永23年(1416年)に兵火で焼失しますが、伊予国の戦国大名・河野通宣によって文明14年(1482年)に再建されました。

境内の施設

山門

浄土寺山門

仁王門には、お遍路さんが奉納した多くの草履がかかっていました。

境内入口には、松山市出身である正岡子規の句碑「霜月の空也は骨に生きにける」が建てられています。

この句の意味は、空也の肉体は白骨となっても人々の胸には念仏の教えが今も生きている、というものです。

本堂

浄土寺本堂

文明14年(1482年)に再建された本堂と内陣の厨子は、和洋と唐様が折衷した室町時代の代表的な建物で、国の重要文化財に指定されています。

向って右陣に国指定重要文化財の空也上人立像が安置されています(一般非公開)。

本堂厨子には、室町時代から江戸時代にかけての昔のお遍路さんの落書きが残されています(こちらも一般非公開)。

お寺に落書きなんて、当時は不届き者の仕業だったのでしょうが、何百年も経った現代では、四国遍路の始まりを辿る貴重な歴史史料として保管されているんですって

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大師堂

本堂正面から見て右側に大師堂が建っています。

ここでは大師像を拝観することが可能です。

奥の院・牛之峰地蔵堂

牛之峰地蔵堂

自分は事前調査不足で参拝していないのですが、本堂左から裏山に入って行くと奥の院「牛之峰地蔵堂」があり、ここが浄土寺の見どころと挙げる方も多いです。

階段こそ急ではありますがが、ものの5分も歩けば山頂にたどり着くそうです。

山頂には奥の院のほかに、八十八体の仏像が並んでおり「ミニ八十八ヶ所参り」ができるようになっています。

個人的には、次回来た時にぜひ行ってみようかと思っています。ワクワクすっぞ!

浄土寺へのアクセス

〒790-0925
愛媛県松山市鷹子町1198

その他情報

寺名 西林山 三蔵院 浄土寺
宗派 真言宗豊山派
本尊 釈迦如来(伝行基菩薩作)
創建 天平勝宝年間(749〜757)
開祖 恵明上人
真言 のうまく さんまんだ ぼだなん ばく
ご詠歌 十悪の 我身を棄てず そのままに 浄土の寺へ まいりこそすれ
駐車場 普通20台(100円)
大型4台→ワゴン(200円)マイクロ(500円)大型(1,000円)
※寺行事の場合は全車種無料
宿坊 なし
電話 089-975-1730

前後の札所

 

48 西林寺 -- (3.2km)-- 49 浄土寺 -- (1.7km)-- 50 繁多寺

 

by.ひだりゅー

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